観光戦略の考え方
     

□戦略の重要性

「戦術上の勝利では戦略上の不利を覆すことは出来ない」というのは戦略・戦術を考える上で常識である。
ではあるが、観光地、観光施設の開発や振興計画を考える際、「戦略」というビジョンは非常に欠けているが現実である。よくあるのが、各問題点に対して個別に対策を立て、それを束ねて「戦略」と称してしまう事である。
例えば、道が狭い、駐車場が少ない、歩道が十分整備されていないといった問題に個別に対応して、結果として「歩いて楽しい○○」といったコンセプトを創り上げる事が挙げられる。
こうして創り上げられたコンセプトは、一見、大きな戦略のように見えるが、戦略にはなり得ていない。現状の問題点とその対策という一部の事象のみにとらわれた発想であるからだ。

戦略とは、自分自身の問題点、強み、ポテンシャルの把握にとどまらず、競合地域・施設のポテンシャル、市場動向、市場規模、資金計画など様々な情報を元に客観的、相対的に分析したうえで、どういった観光地・観光施設にしていくのかという方向を系統的に立案したものである。一方、戦術は、戦略を効率的に実現させていくための手段に過ぎない。


□売り込み戦略の3つの柱

ところで、低成長経済と成熟化が進んだ現状では、より高い成長を望むには、競争市場に置いて他社の市場占有率を奪うしかない。その為には、緻密で大胆な戦略が必要となる。こうした戦略の一つとして、M.ポーターは、3つの柱を挙げている。すなわち  

  1. コスト・リーダーシップ戦略
  2.  差別化戦略
  3.  集中戦略


である。

コスト・リーダーシップ戦略は、同業他社よりも低コストを実現する戦略である。価格競争を行っても最後まで黒字が出せるように、コスト管理をきっちりと行い、価格面でリーダーとなることである。
差別化戦略とは、他社製品にはない独自性を自社の製品やサービスに盛り込み業界の中で特異性を模索する戦略である。ブランド・イメージ、顧客サービス、ディーラー、ネットワークなどによる差別化がある。
集中戦略とは、市場の中の特定の分野に集中して企業の資源を投下し、特定の市場セグメントを確保する方法である。

□観光を商品として考えれば

この営業戦略は、一般の企業の戦略として述べられている物であるが、観光という商品を旅行者・観光客に購入してもらうという観点から考えれば、ほぼ同様に考える事が可能である。

いか、この3つの戦略を観光戦略と対比させて考えてみる。

□コストリーダーシップ

バブル崩壊後の低成長経済の中、安価な料金を提示して誘客している事例が多く見られる。
観光に限らず、価格競争は競争市場ではよく発生する物であるが、特に成熟期に入った市場における価格競争は戦略に基づく物では無く、近視眼的な価格競争であるケースも多い。
コストリーダーシップは、単なる価格競争では無く、その裏付けとして、常識を度外視した水準にまで価格競争が進んでしまったとしても黒字を確保できるだけの徹底的なコスト管理が必要とされる。その結果としてのコストリーダーシップなのである。
しかも、通常の消費財と異なり、観光の場合には対価の図りにくいサービスの固まりであり、闇雲な低コスト化は観光という商品そのものを崩壊させてしまうおそれもある。いわゆる「安かろう悪かろう」が成立する時代では無い。革新的な労働コストの低減手法や、システムを構築しない限り、質とコストの維持は非常に難しいのが現状だ。
また、消費者にとって、重要なことはグロスでの対価であるから、各観光施設や観光地のコストパフォーマンスが良くても、そこに至る交通費や時間距離などの負担が大きければ、結果としてコストリーダーシップは成立しない。
よって、コストリーダーシップを戦略の柱に据えるには、地勢的な立地に恵まれていて、交通機関コストを無視できるとか、エージェントとの密接な関係が築けるといった事が必須条件となる。

□差別化戦略

多くの観光地は、従来、自然・人文問わず、「そこに在った」資源を観光資源として提供を行って来た。こうした資源は、その地域の自然や風土・文化などに根ざした物であり、それだけで「差別化」が図られていたと言えよう。

しかしながら、交通機関の発達、パッケージツアー、観光情報誌などの普及によって、消費者側の選択肢が広がってしまうと、それらの資源に依存しているだけでは差別化を打ち出すことが難しくなってきている。例えば、消費者にとって「温泉」に行こうと考えたときに、全国的な規模から選択できるような環境になっている。温泉だけではもはや差別化できないし、露天風呂などの施設を追加しただけでも差別化は難しいだろう。差別化戦略を図るなら、もう一段上の発想が必要となる。

結果、差別化戦略の前には、観光資源の優劣の差が大きく横たわるのが現実である。
TDLは舞浜にしか存在しないし、沖縄の青い海を伊豆に持ってくることは出来ない。前述の通り、その地域に存在する資源は、ただ、そこに在るという事実だけで、大きな差別化が果たされているのである。

では、有力な資源を有していない地域における「差別化」とは何が考えられるのか?
それは、簡単に言えば、「他には無い物を演出して魅力に育てる」事となる。他には無い物なのだから、相対的な尺度など無いし、埋めがたい優劣差なども存在しない。
これを実現するには、バブル期のように、多額の投資をして、むりやり集客力の高い(見込みの)施設を新設してしまうことも不可能では無いが、現在の状況を見れば解るように、投資に見合うヒット商品になる成功率は極めて低い。

□新しい価値観による差別化

それよりは、現在、保有してはいるものの観光には関係しないような資源を育てて、演出して観光資源化する方が投資効率も高いし、持続的な発展にも繋がる。グリーンツーリズム、アーバンツーリズムはその好例と言えよう。町には町の、村には村の、歴史と風土・景観・文化が存在する。「足りぬ足りぬは努力が足りぬ」は戦中の標語であるが、そうした資源を活かすも殺すも演出の仕方次第だろう。
北国の雪かきだって、労働と思えば人も集まらないが、生活文化体験として南国に売り込めば商品化できるし、電気も来ない山荘でも「ランプの宿」や「日本秘湯を守る会」となれば、商品価値がぐっと上る。

□アイデンティティによる差別化

次に考えられるのはアイデンティティの確立である。以前、CI活動などが企業で流行ったが、単にロゴの変更やコーポレートカラーの設定などビジュアル面に留まる物ではなく、企業理念の確立こそが本質である。
観光地とて同様である。明確で巨大な観光資源があるのであれば、自然とその資源を中心においたアイデンティティが確立されるが、そうでない地域では、それぞれの資源が雑多に存在するだけになってしまう。もともと、各資源単独の魅力はそう高い物ではないのであるから、それがバラバラになっていては、ますます、混迷を深めるだけである。
観光地としてのアイディンティティを確立することで、域内の資源や施設の意志統一が可能となり、モラルの向上も期待できる。また、消費者にとっては、イメージの向上に繋がるし、好感度も高まることになろう。
また、これは、単に景観やオブジェなどを統一すればよいと言う物ではない。その背景となる理念を皆で共有することで、その文化や方向性と言ったものまでを共通認識とする事に繋げなければならない。

□ネットワークによる差別化

3つめは、ネットワークの拡充である。
旅行代理店との繋がりは、広告効果、ロジスティクス双方で重要な意味を持っているし、文化的・歴史的繋がりは「小京都」に代表されるようなブランドイメージを創造することが出来る。地勢的繋がりは周遊コースなどの設定に重要な意味を持ってこよう。このほか、市民団体の繋がりや、実家と都会の子世帯との繋がり、域内の大学卒業生との繋がりなど様々な人的繋がりは口コミ媒体としても重要である。
こうしたネットワークを拡充することで、より多くの情報やイメージを消費者に与える事が可能であり、来訪者の増加にも役立つことになる。

□情報による差別化

NHK大河ドラマの対象地が、一躍、注目される観光地になるように観光と情報は非常に密接な関係にあり、かつ、複雑に絡み合っている。
TVや観光雑誌などの宣伝広告効果は非常に大きな物があり、無視は出来ない。また、今後は、インターネット上のホームページによる情報発信の他、インターネットコミュニティによる「口コミ」情報も無視できなくなるだろう。
ところで、こうした情報は、リアルな情報だけではなく、バーチャルな情報を伝えるにも利用できる点に注意が必要である。ディズニーランドは、その実態が存在するずっと前から、絵本やTVをとおして、多くの人々の胸の中に存在していたのである。こうした仮想イメージは、実像を2倍にも3倍にも膨らませることが出来るのである。
メディアを通じた宣伝効果は、強力であっても一過性のものに留まる事も多い。持続して差別化を図るには、単なる宣伝媒体として利用するのではなく、消費者がその情報を得て、自分なりのイメージやドラマを造れるような仕掛けが重要である。
例えば、現在ヒットしているキティには、表情が固定されてしまうために口が描かれていないし、「キティのお部屋」とかいう類のグッズも出されていない。いずれも、消費者が自分の気分やイマジネーションで表情や生活を創り上げられるようにしているのである。

□差別化戦略のリスク

差別化戦略のリスクは、3つ挙げられる。
まず、コスト戦略に出ている他の観光施設・観光地との間のコスト差が極端に大きくなり、差別化の魅力では埋められなくなってしまうこと。
次に、当該の差別化そのものに対する市場ニーズが落ち込むこと。
最後に、模倣が多く出て、価値を認めてもらえなくなること。
である。
1点目に関しては、同一もしくは隣接観光地内での旅館同士などでは十分に起こりうるリスクである。魅力的な差別化戦略を取っていたとしても、極端なコスト戦略を取る同種の施設が出てくると打撃を受けるのは間違いない。民営施設と公営施設などの対立でも起こりうるリスクである。
2点目に関しては、差別化の基本が、トレンドにのったものである場合、高まるリスクである。熱海の団体向け大型温泉観光旅館などはその顕著な例である。
3点目に関しては、宿命とも言えるリスクである。成功事例は広く報道されるため、全国各地に模倣が登場する。近年で言えば、地ビール、(公設の)日帰り型温泉施設、(アウトレット)モールなどが挙げられる。特にハードウェアによる差別化は、簡単に模倣されると考えるべきである。横浜ベイサイドマリーナのように、他が追随できないような強烈なデザインコントロールを行うとか、単純な模倣が難しい人的ソフトウェアの差別化に注力することが重要である。

□集中戦略

差別化戦略は、基本的に広範なマーケットに対し、特異性を見せることによってより有利にシェアを確保する戦略である。
が、全方位戦略を取るには、プロモーション活動にしても、施設整備にしても広範に実施しなければならない。
例えば、スキー場で言えば、宿泊客も日帰り客も受け入れ、マイカー、スキーバス、鉄道にも対応し、家族向けに託児所も設け、初心者向けにスキー学校も充実させる...。といった事が要求される。差別化戦略を図るなら、それらに加え「もうひと味」必要となる。
全方位戦略をとった上で、消費者に対して、一定以上の効用を与えるとなると、その負担は資金的にも人的にも非常に大きな物となる。実際、ここまでの対応はとれない観光施設・観光地がほとんどであろう。
また、保有する観光資源の絶対的な優劣というのはどうしても存在するため、前述の差別化戦略だけでは勝つことが出来ない観光施設・観光地があるのも事実である。
集中戦略は、マーケットの特定のセグメントに自らの資源を集中させる戦略である。特定のセグメントをターゲットとすることで、丁寧な対応が可能とし、それをもって全方位戦略を持つ他施設、地域に対して、有利な競争を行う戦略である。全国的・世界的な観光資源を有していなくても、特定のセグメントからは高い指示を得る事が可能となる。
また、結果として、そのセグメントにおいては、差別化戦略やコスト戦略も具現化されるケースが多い。

□特定地域に集中する

全国を仮想市場とするのではなく、例えば、自地域を週末観光圏とするエリアをターゲットとする戦略である。また、都市部ではなく、地方部の人を敢えてターゲットとするケースなどもある。
消費者の居住地を限定することで、より詳細に消費者の動向を捉えることが可能となるし、プロモーションもより密度の濃い物が実現できる。交通費なども定額で想定できるから、パック商品も造りやすい。
また、旅行形態が「日帰り」とか「一泊旅行」といったように規定することが可能となるから、諸環境整備もメリハリのついたものが実現できる。
こうした商圏域の設定は商業施設では、当然のように行われている。たとえ、チェーン展開しているスーパーマーケットであっても、地域ごとに品揃え、質、価格は微妙に変化させている。肉の価格レンジやチーズなどの嗜好性の高い食品の品揃えによって、その地域の所得水準、ライフスタイルを推し量ることが出来るくらいである。
観光施設・観光地の場合には、交通機関の発達に伴って、理論上の誘致可能圏域が広大に広がったため、商圏意識が希薄になり、結果、地域に関して消極的な全方位戦略に陥っている事が多い。
これに対し、自らの商圏となるエリアを明確に設定することで、そのエリアに特化した対応を行い、CS(顧客満足度)の向上に結びつける事が可能となる。
しかしながら、地域を限定することで、市場の伸びに限界があるので、リピートを確保することで対応する事が必要である。

□特定ライフステージに集中する

若者、家族、主婦、子育て後の夫婦、高齢者などなど、マーケットの消費者は様々なライフステージに別れている。
それぞれのライフステージによって、趣味趣向、旅行形態、消費形態など大きく異なっており、まんべんなく満足させることは難しい。
そこで、特定のライフステージに集中することで、きめ細かい対応を行い、結果、CSを向上させ市場確保を行う事が考えられる。
以前より、一般に「若者向け」や「家族向け」と銘打った展開は見られるが、多くの場合、単にそのライフスタイルのボリュームが大きいだけであったり、安易なトレンド対応の結果であったりで、本来の集中戦略とは異なる。
特定のライフステージに特化するというのは、場合によっては、他のライフステージを排除してでもターゲットに対して丁寧かつ的確な対応をし、絶対的な信頼を得ることが必要である。

□特定の「人」に集中する

ところで、当然の事ながら、ターゲットとなる人々は年を経ることで、異なるライフステージへと変化していく。そのときに、人について、ターゲットとするライフステージを変化させていくのか、それとも、特定のライフステージに固定したままで行くのかは大きな問題である。
一般に、新規の顧客を得ることは、既存顧客に再購入してもらうことに比べ、5倍の労力がかかるとされている。観光の場合には、多くの観光雑誌やTV番組などで広く(浅く)取り上げられている為、若干、状況が異なるが、それでも、自らの観光資源の良さを知らない消費者に新たに認知してもらい、来訪にまで結びつけるには多くの労力を必要とする。
そのことを考えれば、人を中心において、経年で対応していくことも有効な選択肢である。
宿泊者や来訪者に、定期的に案内を出したり、優先予約を用意したりという事は既に行われているが、集中を有効なものにしていくには、「まんべんな対応」ではなく「顧客の選別」を行う必要がある。
これはいわゆるマントゥーマンマーケティングに繋がる考え方であるが、自地域、自施設にとって優良な顧客となる消費者を選別すること。選別した顧客に対しては、そのニーズにあった対応をきめ細かく行っていくこと。この2点が重要となる。